表裏と虚実
表裏と虚実について
【1】表裏と虚実
実は体力の充実している状態、虚は体力の衰えている状態であるが、体のどこが虚しているかが重要である。
表実証 - 悪寒、頭痛、発熱があっても発汗しない
表虚証 - 悪寒、頭痛、肩こりがあり、脈が浮弱で、発汗しやすい
裏実証 - 腹部が充満し、便秘・口渇があり、脈が沈で力がある
裏虚証 - 腹部が力なく、食なく、下痢・嘔吐しやすく、脈が沈で弱い
【2】表裏とは
消化管の表面(空気の触れる部分)は表であるが、症状の現れ方が手足や体の表面の表とは逆に現れる。
このため、消化管の表面を内表、手足や体の表面を外表と区別することもある。
内表の無汗とは、汗(水)が出ている状態となる。また、内表の上焦は、外から見れば下焦となる。
傷寒論の「太陽と陽明の合病、必ず自下痢す。葛根湯之を主る」の条文は、内表と外表の違いを把握すれば理解できる。
すなわち、葛根湯は無汗で上焦に症状のある者に用いるが、これが内表では、汗(水)が出ている状態で、それが下半身であらわれる、すなわち下痢となるわけである。
ただここで注意しなければならないのは、すべての下痢を無汗として処理したり、すべての便秘を発汗として処理してはならないということである。あくまでも内の表の発汗あるいは無汗として考えられるものだけに適用できるもので、裏位(りい)に変化がある場合に起こる便秘や下痢については、この考え方は適用できないのは当然である。
次の条文の「太陽と陽明の合病、下痢せず、但嘔する者、葛根湯加半夏之を主る」は、内表の発汗と上焦、すなわち外表であれば無汗で下焦にも効く薬方を与える必要があるので、本来は葛根湯加半夏ではなく麻黄湯加半夏(生姜)とするべきであろう。ただし葛根湯も少しは外表の下焦にも効くので、先の条文も間違いとは言えない。
なお、単に表と言った時は、外表を意味することが多い。
[表]・・・・・手足、体の表面、呼吸器・消化器の表面 発汗or止汗剤
[半表半裏]・・肝、腎、肺、心臓 和剤
[裏]・・・・・小腸、大腸 下剤・温補剤
【3】虚実(きょじつ)とは
八綱弁証において疾病の過程における邪気と正気の闘争の現れで、正邪の盛衰(病勢)に基づいて虚実という異なった病態が現れる。体質とも一定の関係がある。
<虚証>
虚とは、正気が虚弱なために現れる病態の総称。身体に必要なものが不足することを主とするために起こる証候である病理の反映。邪気に対する正気の抵抗力は低下しているため、正邪の間に激しい闘争はみられないこと。疾病の後期、多くの慢性病証、誤治により正気を失った病証などに多く見られる。体質的なものとしては骨肉がすんなりしてか細く胃腸が弱く無力的な体質の人に多く見られる。主な症状として自汗、下痢、小便頻数、筋肉に弾力性がない、症状が少しずつ悪くなる、軽度の眩暈、喜按、隠痛、症状が疲労で増悪、休息で軽減、鄭声、脈は濡弱微虚がある。
<実証>
実とは、外邪の感受または体内の病理産物(瘀血・痰など)によって起こる病理的な状態の総称。身体に不必要なものがあるため邪気の亢進であり、邪気の旺盛さを主とするために起こる証候である病理の反映。邪気のみならず正気も比較的旺盛であり抵抗力も強いので、正邪の間に激しい闘争は激しくなること。外感六淫による疾病の初期・中期、及び痰・水・血などの停滞による病証に多く見られる。体質的なものとしては骨肉ががっしりとして胃腸が丈夫で生命力の旺盛な体質の人に多く見られる。主な症状として無汗、便秘、小便の回数が少ない、筋肉に弾力性がある、症状が急に悪くなった、拒按、激痛、症状が疲労や休息で変わらない、譫語、脈は弦洪滑実がある。